植物分類学に見ると、蕎麦はダテ科ソバ属に分類されております。
米や麦、豆等の多くの穀類がイネ科や豆科に属しているのに対し、蕎麦は草の仲間のダテ科に分類されておりますので、穀物と言うより草の実と言ってもおかしくありません。
日本には、古来、春の七草・秋の七草があり、この七草の中に蕎麦を加えていた地域もあったと聞いており、蕎麦が昔から草の仲間に加えられていた事がわかります。
又、良い状態に管理された挽きたての蕎麦粉の香りには、甘くこうばしい香りに加え、なにか草の香りに似た青臭い香りが含まれ、色合いも薄い若葉色を含み、蕎麦が草の実と言われる由縁が少し頷ける気がいたします。



日本においての蕎麦栽培は五世紀の中頃にまで遡るとされており、現在の形の蕎麦(蕎麦切り)として食べ始めた起源は、現在のところ不明です。
 日本では、約四百年前、慶長十九年(1614)に書かれた文献にソバキリの事が記されており、この事からそれ以前に蕎麦切りがあったと推測されておりますが、この点についても今のところいつ頃なのかは不明です。
 蕎麦切りについても、他の麺類と同様に中国からその製麺方法を僧侶によってもたらされたとする説が有力で、中国においては、 十二世紀中頃(1147)に蕎麦麺が市場で売り物にされていたとの文献が残っておりますが、現在の日本の蕎麦切りと同様手法で作られていた物かはわかりません。


 日本で蕎麦切りが広く商品(商売)として普及したのは、江戸時代中期に入ってからのことで、一般大衆食となった歴史も、うどん、そうめん等に比べ比較的に浅いとされております。
 ただ、蕎麦は古くから貧沃な土地でも、短期間で安定した収穫が見込まれる食材の一つとして重要視されて、不作時の代用食として国内に広く栽培された経緯もあり、 石臼が一般に広く普及し始めたとされる安土・桃山時代に製粉が一般化し始め、粉の広まりに比例し、麺類を含め蕎麦切りも加速的に広まったのではないかと推測されます。
 この点から蕎麦切りも他の蕎麦料理と共に、江戸時代初期、又は、それ以前より各地において独自の形で定着・発展し、根付いて行ったと考えられております。
 日本における蕎麦料理には、約半世紀近くの歴史があり、各地の文化・風習に色濃く影響され、独自の発展・継承により現在に至っており、地域によって様々な特長ある蕎麦切りが存在し、 一長一短にどこの蕎麦切りが良いと判断する事が、非常に難しいと言われております。
 当たりまえの事ですが、自分の育った土地の蕎麦が一番美味しいと思われるのは、至極当然のことで、ある地方の老人が、東京の町方蕎麦を食べて、 何故このように歯ごたえのない細くて白い蕎麦を美味しいと言っているのか、とても可哀想だと言って泣いたと言う話や、逆に、江戸気質の人(江戸っ子)が地方の田舎蕎麦を食べて、 こんな喉越しの悪くて汚い蕎麦は食えないと怒ったと言う話を聞いた事もあります。
 蕎麦もその土地の気候・風土に合った品種があり、北と南では、作付けの時期や刈り取り時期にも大きな違いがありますし、他の地域の蕎麦が美味しかったので、 その玄蕎麦を持ち帰り地元で栽培してみたが、土地の気候が会わず全然収穫できなかったと言う話や、収穫できても味の悪い蕎麦になったと言う事が多々あると聞いております。


 現在、我が国で栽培されている品種は、各地の農業試験場が必死に改良を加えた品種であり、古くから栽培されて来た在来品種は昭和25年頃には激減し、今は、皆無と聞いております。
 残念ながら、無改良の昔ながらの蕎麦を食した人は、現在、若くても50半ばにあり、ましてやその先輩たる人達は、皆、口を揃えるように昔の蕎麦は香りが強くて美味かったと言います。
 昭和30年代生まれの私達世代には、雲をつかむような話で、反論のするにも反論しようがなく、無い物ねだりの空回り状態で超えようのない壁にぶつかっている状態です。
 昨今、手狩り・天日干し・寒ざらし蕎麦等、色々、昔ながらの方法の復活で、手間を隙かけた玄蕎麦が出回り始め、それなりに試しておりますが、まだまだ、 昔の蕎麦に近づいたのか離れたのかどうか判断できませんが、関係する他の皆様方も、美味しい蕎麦作りに色々な面で必死に努力して居られる状態だと思われますので、いずれ昔の蕎麦を味わった経験を持つ方々を満足させる蕎麦が出てくる事を願っております。
 私も蕎麦屋を営み、日本各地の玄蕎麦を調達し、精製・製粉を行っておりますが、生産者や生産地の乾燥・精選・梱包等の管理レベルの違い、又、 天候や災害における収穫量や品質の違いや地域価格の違いに、驚かされておりますが、美味しい蕎麦を安定した形で大量に確保する難しさを感じております。
 ただ、最近の原材料の保管管理については、真空パックや二酸化炭素、チッ素等の充当による保存やマイナスイオンによる空調、湿・低温保存等、 昔に出来なかった貯蔵技術や設備が急激に進歩しており、昔の在来品種に匹敵する蕎麦があれば、昔以上の蕎麦材料が安定した形で提供できると判断しております。


最後に、以上の事はあくまでも国内産玄蕎麦を主体にの現状をから今の蕎麦切りの味を知らない私どもが昔の蕎麦に匹敵する蕎麦を提供するには、蕎麦の安全面を海外で栽培収穫される蕎麦には価格や品質面に大きな魅力を感じておりますが、 残念ながらまだ収穫後の出荷・輸送・入荷時の保管管理の問題から蕎麦の劣化が著しく、収穫時は良質の蕎麦でも私どもの手の届くまでに、多くの蕎麦は悪くなっている現状の一点と、 輸入時に使用が義務づけされる殺虫剤の安全性が不確かで、お客様への健康に害する可能性も考えられる点から、その責任・信頼を考えた場合、現在のところ、国内産蕎麦に限定し使用しなければならない状況です。
 皆様の知っているある程度こだわりのある蕎麦屋が、国内産蕎麦使用と公言している理由はこの事からと理解していただければと思います。
 ただし、流通面では年々進歩が見込まれ、一部海外産でも低温管理の中、安全で良質蕎麦の輸入が微量ながら増加しておりますが、まだ季節に限定されている状況で、輸入量全体の1パーセントに及ばない量と思われます。
 他に、空輸等、安全で早く入手する手段もあるそうですが、正直に申し上げて笊そば一枚どれ位の値段になるのか想像もつきません、3千円ぐらいか4千円ぐらいになるとも聞いており、 商売と言うより余興か意地かイベント感覚に近い発想でしか行えない事と思われ、一度くらいやって見たい気もしますが、現在、そのような余裕がありません。
 以上の理由から、今現在、安全で美味しい蕎麦を国内で収穫される蕎麦の中で比較検討するしかなく、輸入時にいまだに使用されている殺虫剤のかかった多くの外国産玄蕎麦には安全上まだまだ使用に躊躇しております。 大量の契約栽培や理想的な自家栽培を考えた場合は、収穫量や品質が天候等に大きく左右され賭けに近いところもあります。


わが国には、地方色の強い蕎麦切りが色々な形で継承されており、個々の技法や特産的素材とその地の風習等に密接な繋がりがあります。
 当然、自分が食べ慣れた蕎麦切りが一番だと思うのも、至極当然と理解もしますが、ほんの一地域の蕎麦切りに執着し、井の中の蛙的な状態で他の地域の蕎麦切りを批評し、 おらが蕎麦が本当の蕎麦だと言い張る自称蕎麦通の方が、この情報化時代にもかかわらず予想以上に多い事と感じております。
 例え方が適切かどうか自信はありませんが、ワインに例えて見ると、赤ワインの醸造しか知らない地域の人が、白ワインなんかは本当のワインじゃないと自分達の狭い知識や経験から、 安易な推測で判断し、本当のワインは赤ワインなんだと言い張る場合や、逆のケースでは、やっぱりワインは白ワインで赤ワインなんかはぶどうの皮を取らずに醸造した最低のワインで、 癖が強くてとても飲めたものじゃないと言い張る白ワイン派の方がいた場合を創造していただければ、その滑稽さに気づいていただけると思います。
 ワインは、赤、白、ロゼ等のワインがあり、ぶどうの品種や産地、土壌、気候、醸造方法等で、様々な種類があり、その香りや熟成度、色、味の深み等を料理と組み合わせ、 世界中で広く楽しまれている飲みものであり、又、日本酒にもそれに近い定着が見られているのですが、蕎麦切りに関しては、黒・白・太い・細い・長い・短い等、偏った常識で判断される事が多く、大変、残念でたまりません。
 蕎麦切りにも、品種や産地の土壌、気候に違いがありますし、蕎麦の粒等の違いから製粉方法にも違があり、蕎麦粉の色合いや成分比率・粒子の粗さにより、 水質やつなぎ方・打ち方に変化が生じ、蕎麦切りの太さや長さにも、湯がきや盛り付け、汁の味や温度と食べ方にも違いがあります。
 蕎麦切りの、香りや歯ごたえを重視する地域もあれば、食感や喉越しを重視する地域等、重視するポイントに大きな違いがあり、美味い蕎麦の認識で全国的に共通する点は、 蕎麦粉の割合が高く、手打ちで、香りとこしがあると言う程度です。